2009年8月20日木曜日

Sound objet その02



"Sound clipper":8箇のラジオチューナーの音を、振り子の先端のテープヘッドが拾い、ランダムな音の組み合わせで音を聞く。
中・下段の写真撮影=鹿山禎一さん

A sound art object. By a random combination, plural pendulums pick up an electromagnetic wave (sound of the radio) and pronounce it.
I produce it in about 1991.



"Escritor ver.3":弦楽パートが4と打楽器パートが5の発音装置。ガイガーカウンターを打楽器のスイッチとして使い、自然現象のタイミングで即興的な音作りに…。磁石とシルクピンで弦を奏でる。
下段の写真撮影=鹿山禎一さん

2009年8月19日水曜日

Publicity(パブリシティ)その01

月刊ギャラリー・1991年7月号・P44-45・取材/文=倉田孝之さん・(株)ギャラリーステーション

電気新聞・1991年7月17日号・日本電気協会新聞部

Caz(キャズ)・1991年7月24日号・P92・取材/文=開発チエさん・(株)扶桑社 ※一字文字訂正



illustration(イラストレーション)・1991年8月号・P64-69・文/取材写真=藤井彰さん・(株)玄光社

日本経済新聞・1991年8月9日号・取材/文=宝玉正彦さん

CATCH UP・1991年8月23日放映・TBS

Hanako(ハナコ)・1991年7月4日号・P47・(株)マガジンハウス

アサヒグラフ・1991年7月26日号・P112・(株)朝日新聞社


BT(美術手帖)・1991年8月号・P206・(株)美術出版社

江戸川区長 Mayor of Edogawa


ひんぱんにギャラリーに行く事にしていた。
東京にいない時があり、何日か行けない日があった
ギャラリーに行くと東京電力の係の人が
「訪ねてきた人がいました。」と言い
「黒塗りの車が何台も横付けになりダッ!ダッ!っと
人が降りて来て、何事かとびっくりしました。」
「吉田さんは?と『江戸川区長』が来ました。」
と話します。

プラスマイナス・ギャラリーでポスターを下さったので
江戸川区長にも郵送させて頂きました。
たまたま、いない日に来るなんて
まさか、区長が来るなんて!驚いた。
当日、お会いできなかったけど
お祝いを頂きました。
江戸川区長ありがとう。

Algorithm of person type (ヒトガタのアルゴリズム)

 “知識”や“生体”の一部は人工的な物と代替可能になってきた。ちまたでは、数年前までは、人間性の一部と思われていた“あいまいさ’’さえも、プログラム・機械化され、それをキャッチフレーズにした商品が次々に生まれている。
 そういった背景を踏まえたうえでも、同化可能なものが、無機と有機(モノ性とヒト性)の間にあって、それらを繋いでみたい。
 もし、繋ぐことができるならば、その実現を「ヒトガタ」を通して表現できるアルゴリズム(思考手順)で考えてみる。

 「ヒト」をどんどん還元していくと、最後に何が残るのか。何が、無機と有機を分けへだてるのか。自分を構成する成分表から、それぞれにより分けてみる。そして、それらと各パーツとを併せて「ヒトガタ」を構築するとき、図らずも、「ヒト」の一部をシミュレートする事にならないだろうか。また、そうした行為や作品からヒト性を確認できると、安心も生まれる。

 例えば、以前、配線が透けて見える神経系が露出したような、電子的なものを形にした作品を作っていたことがあった。それは、センサーを軸に、周り(観客)と関わりを持たせるような形で、電子的模擬装置の印象が強く「遊ばせてくれるが、作品の内側にはたどり着けない。」そんな不安を生む作風だった。
 例えば、「ヒトガタ」のステンレス・スチールマンは、その堅固でハイパーな装いが為に、意志疎通の困難(不可能)な機械で、生物とは相いれない。鉱物的な印象に見える人もいるだろう。

 ハイパーな無機と有機のインターフェースを考えたとき、生身の肉体に機械や装置が取り付けられる事を想像するよりも、合理的ではないが、ステンレス・スチールの肢体に“ヒト性”が宿る事を創造する方が、心の安らぎは大きい。
(※1991年作成-2009年8月19日加筆)

2009年8月18日火曜日

ラジオとターンテーブル


"イマジネーション・プール3×4"に使用する
ターンテーブルを集める為にミニコミ誌に
「提供して下さい。」と掲載していただいた。
「団地の管理事務所に預けておくので
取りに来るように」と連絡下さった方
「粗大ごみ置き場に有ったから」と
持って来た下さった方
「古くてもいいのかなー」と押し入れの
中から出していただいたり
ドアーの外にそっと置いて下さった方
皆さん協力ありがとう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
同じラジオを何台も買ったので
「何に使うの?」と聞かれ
"Sound Clipper" の事を話した。
「どのように使われているのか」を見たくて
会場に行ったそうです。
「どこに使われているのかは判らなかったけど
子供は見た事もない体験で興奮し
楽しんでいたので良かった。」
と、子供を連れて見に来てくれた店員さん。
話してくれてありがとう。

夢の生命力。


プラスマイナスギャラリー個展
◎1991年7月3日〜8月31日
◎主催:プラスマイナス・ギャラリー
◎入場者数:15,000人
"Stainless steel hand" (入り口ディスプレイ)
©1991/40×60×30cm/電子部品・エンジン部品・アルミ・ステンレス
◎ストロボが発光。

個展会場全景

"エスクリトール" (左)
©1987/100×125×35cm/電子部品・モータ・アルミ・真ちゅう・ピアノ線・鉄球
"イマジネーション・プール3×4" (右)
©1991/140×200×100cm/アルミ・電球・ソケット・発泡スチロール・ターンテーブル・塗料
◎12個のアルミの円筒が回転し、ゾートロープ(オドロキ盤)の残像で中の球や針金が動いて見える。

"Sound Clipper" (上)
©1991/40×120×80cm/アルミ・振り子モータ・レコーダーヘッド・ラジオ・アンプ・スピーカー
◎スイッチを押すと、振り子のタイミングでラジオの音声を拾い発音。
"エスクリトール Ver3.0" (下)
©1991/100×125×35cm/電子部品・モータ・ガイガーカウンター・アルミ・真ちゅう・ピアノ線・鉄球
◎サウンド・オブジェ、バックグラウンド宇宙線に反応。

"Male & Female 2" (左)
©1985/98×80×112cm/銅・鉄・アルミ・木板・ビデオデッキ部品
◎日本オブジェ展へ出品。足踏みしながら全体に回転。
"Ji-danda" (右)
©1991/120×35×20cm/電子部品・プリンター部品・モータ・アルミ・ステンレス・アクリル板・真ちゅう・安定化電源
◎スイッチを押すと10〜110秒地団駄を踏む。

"いす取りゲーム"
(展覧会案内ハガキ・ポスターに使用)
©1991/45×50×85cm/アルミ・アクリル板・ステンレス・ビデオデッキメカ・ゴムチューブ・瞬間湯沸かし器

2009年8月16日日曜日

粗大ごみ

今は粗大ごみを有料で引き取ってもらう
プラスマイナス・ギャラリーの発表に向けて作品を
制作していた頃は、粗大ごみは所定の場所に
置いておくと回収してくれる時代でした。

置き場はどこにあるかはすっかり頭に入り
素材になりそうな物を探しに
夜な夜な台車を押して団地の粗大ごみ置き場を
一回りし、巡回していた。

なぜこの様な物が有るのか不思議な事や
地域によって違いが有る。

必要かどうか判らない物はとりあえず
持って帰って来たり、必要な所を使わせてもらい
戻しておくと、持って行ってくれる。
使える物と出会えると、とても嬉しい日々でした。

2009年8月15日土曜日

"Stage" ­­­­ "Spin" "Step up"


Stage
A necessary devise for the portrayal of infinite "things": Useful things, useless things, unpleasant things, desirable things, undesirable things, delicate things, firm things, things that can't be named, things that can be named, things which are connected and also things which are severed. Among all these things, each of us finds something which we can identify with our own bodies. And they radiate time. Finally their borders blur. We penetrate them and an experience arises.

必要なアイテムは、無数の物の中にある。「有用なもの」、「無用なもの」、「美しいもの」、「不快なもの」、「欲しいもの」、「望まないもの」、「繊細なもの」、「堅固なもの」、「名づけられないもの」、「名づけられたもの」、「繋ぐもの」、「断つもの」。膨大なそれらの中で、自分の分身、一部となるものを捜し集める。
アイテムは、素材でもあり、エリアの気配でもある。そして、時を放射する。
やがてそれらのボーダーは薄れ、そのあたりを自由に歩き回る。
・・・ケイケンチ ガ アガッタ。


Spin
When our lives float, we feel troubled but can only ride with the experience. When a sudden upheaval throws us into confusion, a frenzy of forces are at play which can be manipulated to create a work of art. Centrifugal and centripetal forces bind. An object is created. We give it a name and throw a switch and it becomes independent, repetitive and multiplies. Sometimes it responds more than we expect and plays with our intentions. A power for life arises.

浮かんでいると、いろんな渦がやって来る。そして、それに乗ってみる。急旋回のときには、遠心力と求心力が拮抗し、パワーアップのためにアイテムを使う。それは、成長して作品になる。名づけてスイッチを入れると、自立し、反復し、増殖し、時には予想外に反応し、それらの意図と一緒に遊ぶ。
・・・セイメイリョク ガ アガッタ。


Step up
From fieldwork we mediate an item, synchronize the number of waves, and arrive at a form. And if we reach a concept ... one side becomes clear.

フィールドワークから、アイテムを介し、周波数にシンクロし、形にいたり、想いに届けば、
・・・一面クリア。

A Device Maintain a Coppelian Nature by Masato Yoshida



In "Coppelia", the ballet based on Ernst Hoffmann's fantasy novel, an old man claiming to be the strange Dr.Coppelius prowls the streets at night and bewitches a town's unsuspecting youth. After murdering them for their organs, the mad doctor sets about to create the ideal woman which he names Coppelia. But just before the creation is finished, Swanilda, the town's tomboy, switches places with Coppelia and astonishes the doctor by dancing.

In the heart of a person who creates a human replica or robot --- what we call "hitogata" in Japanese --- exists a struggle between the maker's expectations of an ideal being and his disgust with the fallibility of humanity. This I call "Coppellian Nature", and I also find the same nature in Yoshida's point of view. His hitogata are stark and undressed. They can perform simple movements, or simply do nothing. But even computerized robots, which can be programmed to do a variety of things, remain incompetent objects when their power supply is terminated. With Yoshida's robots, however, we feel his contempt for a society full of deceit and arrogance. In this sense, his creativity is born out of a desire to produce an object which never betrays itself.

We live in a world flooded with sounds that are only heard on the surface. Only sensitive people can hear the sounds crying out from objects which appear quiet on the outside. And so we hear the voices of Yoshida's hitogata, releasing a Symphony of complex emotions. The robots, like human beings appear to be having fun. For how else could they survive in this world of hate? By bringing us closer to the complex emotions in daily living that we all carry, Yoshida's creations are more than just objects. They are a part of us all.
Ryoichi Enomoto (Producer)


コッペリウス性生命維持装置
吉田正人の場合


 ホフマンの幻想小説をもとにしたバレエ『コッペリア』は、街に住む奇っ怪なコッペリウス博士と名乗る老人が、夜な夜な若者たちをたぶらかし、その臓器頬を摘出しては、彼にとっての理想の女性コッペリアという人造人間を造っている。コッペリアが完成ま近という日、街のお転婆娘スワニルダがコッペリウス博士の館に忍び込み、コッペリアとすり変わって踊り出してしまうので、博士はすっかり仰天してしまうというストーリーだ。

 人形、人造人間、あるいはロボット、いずれにしても“ヒトガタ”を造る人の心の中には、さまざまなレベルでの人間に対する失望と、限りなく人間に近い存在(モノ)に対する期待が未分化に混在している。私はそれを“コッペリウス性”と呼んでいるのだが、吉田正人のアティチュードにもそれを感じる。吉田の“ヒトガタ”は、もとよりコッペリウス博士の時代では想像だに出来ないハイパーな装いをしているが、であるのに関わらず、それらは単純な動作を繰り返すか、さもなくばじっとしているだけだ。まるで何でも出来てしまいそうなコンピュータリゼーションのロボットも、無能な物体(オヴジェ)になってしまう。これはあるいは狡猾で傲慢な意思を持った人間であふれた社会に対する厭世観のようなものだろうか。

 決して自分を裏切ることのない物体(オヴジェ)への希求が、創作活動の核になってるようにも見える。音の出るサウンド・オヴジェもそうだ。ノイズにあふれた現実世界から、選択純化した音だけを奏でることの出来る発音装置として現われる。しかもそれは箱庭大の楽園のように見えたり、天使のように透明な者たちだけが操れるような楽器の姿をしている。
 一見楽しそうなこれらオヴジェ群は、吉田正人にとってこの厭世に生き延びていくための、奇妙な生命維持装置なのではないだろうか。そのことによってこれらの物体は、オヴジェの概念を超越する。
イベント・プロデューサー榎本了壱
※1991年7月・展覧会パンフレットより引用
※2010年4月1日・英語訳を一部加筆修正いたしました

2009年8月14日金曜日

テクノ・パンク・オブジェ その2


1985〜86年頃に、アート・ディレクターの
サイトウマコトさんの事務所の方から連絡を受けて
ヒトガタのオブジェを作る話しがあり
車のギアボックスとかジャンクを集めた。

それは実現しなかったが
その後、(株)ウェアハウスの仕事で
制約がほとんどない
ヒトガタのオブジェの制作の話しがきて
Stainless steel manが誕生した!

ステンレス素材で
初めて専用の工具が必要な事を知り
ステンレス用のドリルやノコを購入。
右手の手首のクッションが
摩滅していたこともあり
人力の限界を知る。

公募展から、その後の個展へと
転機になった作品。

※2点とも撮影=鹿山禎一さん

2009年8月12日水曜日

表彰式3点セット


制作が終わり、静かな部屋で
スイッチを入れると奏でる音に聴き入って
時が静かに流れ、思わぬ動きに引き込まれます。

奨励賞の連絡を受け、会場に置かれたら、
同じ作品と思えないほど控えめな音。


名前を呼ばれ、受賞台に上がったら盾がない・・・
(後程、郵送して下さる事になりました。)

奨励賞は「間違いだったのでは、ないかしら」と
話している時に、榎本了壱さんが
「キース・へリングさんが『内面的な表現している』と
言われた事で受賞になりました。」と審査の様子を
お話し下さいました。

「内面の表現が…」キース・へリングさんの言葉が
とても励みになりました。

その時キース・へリング賞を受けた人の副賞に
キースさんの原画が贈られて会場に「オー」と
ドヨメキが上がりました。

2009年8月11日火曜日

Sound objet その1


エスクリトール(sound version)
前出の作品と同名ですが
こちらの方が少し制作日が早かったため
前出をver.2と表記しています。

神林長平さんの表現している小説の
世界にすっかり入り込みました。
機械的な部分と、自然の作用の境界を
あいまいにし現実に表したら…

弦楽パートが二つのコードと
パーカッションが4パートあり
なるべく単純な機構で
機械的な繰り返しを避けるよう
また、「音楽的」に聞こえるように
偶然の動きで弦を叩いたり
アルペジオ風につま弾いたりで
磁石やシルクピン
柱時計の部品(棒鈴・渦ボン)
真ちゅうのパイプなどで出来ています。
共鳴部分はなく
控えめな小さな音で、耳を澄ませないと
聞き取れないかも知れません。

池田満寿夫さんやキース・へリングさん等が
審査員で、キネティック・アート(kinetic art)とは
別の方向を表現できた事で評価されたと聞きました。


2009年8月9日日曜日

テクノ・パンク・オブジェ その01


Male & Female 2 (1985年制作)
男女が旋回して追いかけっこを続ける作品。

知り合いからいただいた
巨大なUマチックのビデオデッキが壊れてしまい
その中身のパーツが魅力的だったので
モーターや部品を再利用して
ヒトガタのオブジェにしました。

モーターやギアの耐久性の都合で
3度作り直しましたが
最初のバージョンは動きがぎこちなく
頼りない微妙な感じがぴったりでした。
でも、三日で消耗して止まってしまいます。

住友重機械工業(株)から
工業用樹脂歯車を使用したサイプラックス・モーターを
提供いただいてバージョンアップすると
前の危うい感じも捨てがたい動きでしたが
モーターのトルクが大きいため
力強く動き、耐久性も抜群で
故障知らずに生まれ変わりました。

「東京発エンタテインメントニュース」NHK-BS2
オープニングに1年間使用されました。(1993年)

ヴォズリーフとエスクリトール その2


伊勢丹美術館の展示はコーナーの中に入ると
シーンと宇宙の中に包まれて行くような
不思議な感覚になる作品でした。
見に来て下さった方は中に入れたのかしら

他の人の気配を感じないくらい
大きいスペースで、作品の空間に身を置いたなら
遠い鼓動が聞こえそう。
この世界を広げられたら…と願います。


ヴォズリーフとエスクリトールver.2は
「言壺」でSF大賞受賞のお祝いに
神林長平さんに贈らせていただきました。
「本棚2」という単行本に「映っている」と
神林さんからお知らせを受けたので
「本棚2」を見てみたら金属部分が「ピッカピカ」
で映っていました。
磨いて下さったのですね。
作品を大切にしていただいて、ありがとう。

※写真は、BE SURE(1990年春号)P109-111より
 ワシオ・トシヒコさん=文/松尾忠男さん=撮影

2009年8月7日金曜日

ヴォズリーフとエスクリトール ver.2




神林長平さんの小説に登場するキャラクターから
インスピレーションを受けて生まれました。
(キャラクターの詳細は
 小説「プリズム」を読むべし!)

いくつかのバリエーションも出来て
伊勢丹美術館の展示や、
カシオ計算機の仕事に繋がりました。

素材は、木・アクリル絵の具・真ちゅう・アルミニウム・発泡アルミ・LED・電子部品 等です。

伊勢丹美術館の展示では、オープニングに
松永真さんが審査員でいらっしゃいましたので
作品の前で記念写真!

2009年8月5日水曜日

締め切り時間に間に合うか!


「ブラザーコーン&シスターコーン」
シリーズで沢山の家族が生まれました。
最初2体が出来た頃
いとうは撮影の小物探しで
原宿、渋谷、銀座……毎日のように
歩き回っていたので、素材マップが
頭の中にあったのかも。

キャリーを購入し、車に取り付け
搬入に向かいます。
向かう場所は、都内を超えて府中の倉庫
近づいて来ましたよ。
後少しで、到着のはず、でも何だか
激しい渋滞、「どーして?」
車の脇を作品を手にし
抱えた人が走ります。
何人もあせった顔して走ります。
私たちも走りたい。

やっとやっと、動き出す
渋滞原因は競馬場。
ここは競馬場に続く道
競馬が終わって観客がドット帰るのと
一緒の時刻に鉢合わせ。

締め切り時間に間に合わなかったら
どーしよう。

搬入場所に、時間ぎりぎり着いたけど

搬入手続きの人がいっぱいで
受付が追いつかない。
主催者も競馬渋滞は予想外
締め切り時間を延長してくれたので
書類も書けて、無事搬入。
あー良かった。

2009年8月3日月曜日

レジンとコーン


左がグラフィック展の出品作品。
「スロー・ガラス」
レジンキャスト(注型剤)で平面化。
スポットライトの光で
太陽電池を使いLEDが点滅します。
プラスチックから金属に向かう過渡期にあり、
平面でも重量が15kg位あって
油断して持ち上げると、腰を痛める事に!
この素材は、時間とともに元の液体へと
戻ろうとしているかのように
べったべたに成って困っています。

右がオブジェ展の出品作品。
「ブラザーコーン&シスターコーン」
いとうのスタイリストのキャリアを
生かした作品です。
身の回りの物を利用して
擬人化しています。
みんなにカラーコーンの入手方法を
度々聞かれましたが、
道路で見かけるコーンは
高さ75cmのものが多く
作品のコーンはミディアム・サイズで
高さが90cmあり
工事用品の会社から購入。

A drop in the ocean

We are working in dark.
No goal! No target!

We are already slaved by machinery
- And if machine becomes man than
what we shall do?

We are trying to know what we can not know yes!

We can know what we ought to know
and that is our goal.

We have yet to fix and set our target.
It is an attempt to discover a drop in the ocean
- Well keep it up.
(1991/08/06 a visitor MAH.)

      ※It is reprinted by a guest book

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私たちは暗闇の中で働いている。
ゴールはない! 目標もない!

私たちはすでに機械によって
奴隷にされてしまった。
もし機械が人間になったら、どうしよう。

それを知ることがないように、
トライしている。

私たちはそれを知るべきだ。

そしてそれは
私たちのゴールであることを、
知ることができる。

目標をセットしなおすべきだ。
それは
海の中のしずくを発見するための試みである。
がんばって!
(1991/08/06 a visitor MAH.)

 ※翻訳 東電広告 / ギャラリー芳名帳より転載

2009年8月2日日曜日

さまよえる制作人


ザワザワって通路で話し声が聞こえた、
インターフォンが鳴り、
ドアが「どんドンどん」とたたかれ、
「あんたんち、シンナーでもやってんの!」
と何人かで、やってきた。

このアパートに引っ越してすぐの事、
近所の方たちと交流がなく、
知らない人ばかりだったので、
「若いあんちゃんとねえちゃんが
シンナー遊びをしていると思った。」
・・・との事です。
臭いを出して「ごめんなさい。」

「外で作業しよう。」近くの公園で始めた日
「オイ!お前たち、何やってんだ!」
と遠くで声がする。
「オイ!、オマエたちって、」私たち?
いきなり、オマエって、なんだ!何!
キョロリ、キョロ、キョロ
周りを見ても私たちしか、いない

こちらにどんどん近づいて来た、
飲み会帰りのアパートの自治会長ご一行だった。
「なんだ! 君たちか。」
その中の一人に自治会の交通整理で
一緒になった方がいて、
「怪しいヤツ、
不良グループかと思ったよ。」
と言われたが、いきなり
「オイ! お前たち。」には傷付いた。

台車に道具と素材を乗せて
あちらの公園、こちらの公園、
「さまよえる制作人」

人の通らない時間帯にと遅くなり、
携帯ライトを手作りし、(写真の蛍光灯)
ピラミッドのある公園に落ち着いた。

それにしても夜での公園制作は、
虫との戦いだ。
公園を使用してごめんなさい。

2009年8月1日土曜日

Shocking pink


前出の作品を含めて、1984年頃は
アクリル樹脂・シリコン樹脂を使った
作品がいくつかあり
ベースに蛍光ピンクを使って
ポップなサイバーパンクを考えていたかも…

樹脂を混合して硬化させるのに
溶剤のシンナー臭がきつくて
近所から苦情が嵐のように押し寄せて
シンナー遊びと勘違いされたりで

結果、深夜の公園で制作していたけど
温度変化や湿度の関係で
硬化が不十分だったりで
続かなかった…気がする。

1984年頃のメインの制作場所・ピラミッド公園